So-net無料ブログ作成

念仏堂涅槃仏・・厄払い

念仏堂薬師堂の縁起

念仏堂薬師堂の創建年代は不詳ですが、古くより当地に薬師堂があり建長寺42世円月も当地より輩

出したといい、鎌倉時代には存在したと伝えられます。室町時代には、当地の領主吉良成高が泉沢

寺を創建、当薬師堂を泉澤寺の念仏道場として使用したといい、薬師堂が念仏堂と称されるように

なったといいます。

涅槃仏(ねはんぶつ)とは、釈迦が入滅する様子を仏像としてあらわしたもの。寝仏、寝 釈迦像、

涅槃像とも呼ばれ、主にタイの寺院などで見ることが出来、足の裏には宇宙観 を示す文様などが描

かれているとのことです。

日本では、鎮座する涅槃仏は珍しいと言われておりますので、厄払いをしてきました。

自分の体調回復、曽根風呂の皆様の、厄払いも併せてお願いしてきました。


曽根風呂の皆様、来年もよろしくお願い申し上げます。





DSC08288.JPG




◎所在地
〒157-0062 東京都世田谷区南烏山2-23-16
京王線「千歳烏山」駅から徒歩5分




nice!(66)  コメント(10) 

雑司ヶ谷霊園 [街あるき]

都電、荒川線が近くを走っています。

IMG_0113.JPG


JR池袋から徒歩で30分、雑司ヶ谷未来遺産目指す、この地域を見学しようとやってきました。

始まりは、幾多の著名人が埋葬されている都立雑司ヶ谷霊園に、広い広い、クタクタ。

著名人の墓で見つけられたのは、夏目漱石さんの立派な墓だけでした。


IMG_0108.JPG


小泉八雲・東条英機・泉 鏡花・いずみ たく・江戸屋猫八・尾上菊五郎・金田一京助・

サトーハチロー・ジョン万次郎・竹久夢二・東郷青児・永井荷風 さん達など、探したら一日が、

終わりそうです。


IMG_0109.JPG

この地は、江戸時代、将軍家の鷹狩の場所でもあったようです。




IMG_0112.JPG

霊園の端には昔の建物を活かした花屋さん
nice!(63)  コメント(6) 

写真家・西本喜美子さん

ゴミ袋に入って捨てられる姿、トラックに轢かれる姿、物干し竿に干される姿、等々. ユーモアあふれる自撮り写真で話題をさらった、熊本県在住の89歳アマチュア写真家・西本喜美子さん。彼女の写真展「遊ぼかね」が、エプソンイメージングギャラリー エプサイト(東京・新宿・三井ビル)で2017年12月15日(金)~2018年1月18日(木)開催されています。

昨日、見せていただきましたが、82歳で息子さんの影響で写真をはじめ、その発想の
柔軟さには驚くばかりです。萎えていた心に刺激をいただきました。

皆さんも、寒い中ですが足を運んでください。心が温まりますよ。

ブログでの使用は許可いただいておりませんが、わたくしの応援の気持ちを込めて、短期間です。
西本さん、ごめんなさい。



IMG_0089.JPG



IMG_0079.JPG



IMG_0083.JPG



IMG_0080.JPG



nice!(49)  コメント(5) 

世田谷ボロ市・・流れぬ人波に身を任せ [季節]

440年以上前から続く世田谷のボロ市、現在は東京都の無形民俗文化財にも指定されています。昔はボロ布がたくさん売られていたことから「ボロ市」の名が付いたといわれています。
現在は日用品・装身具・玩具・植木市など様々な店が並び、露店数は約700店とかなりの規模。
名物の代官餅のほか、ボロ市の名残として骨董品や古着の店もたくさん軒を並べます。
また、12月15日(金)と1月15日(月)には、5年に1度の代官行列が行われます。



DSC08277.JPG




DSC08278.JPG

代官屋敷の井戸にはかりんが、飾ってありました。

DSC08305.JPG




DSC08340.JPG



DSC08329.JPG



DSC08323.JPG




DSC08368.JPG

*ボロ市は、毎回、人出が多く歩くのも大変、カメラかっいで気楽にとは行きません。



◎写真仲間で楽しんでいる写真blogも  第91回月写真展を開催中です。http://jbpc.blog.so-net.ne.jp 毎回、皆様 にご意見をいただくことを励みに活動しております。よろしくお願いいたし ます。

nice!(61)  コメント(8) 

時間という感覚 [街あるき]

大都会、東京の歩む道


DSC06658.JPG



DSC08246.JPG



◎写真仲間で楽しんでいる写真blogも  第91回月写真展を開催中です。http://jbpc.blog.so-net.ne.jp 毎回、皆様 にご意見をいただくことを励みに活動しております。よろしくお願いいたし ます。

nice!(56)  コメント(7) 

招き猫の豪徳寺

豪徳寺は、世田谷城主・吉良政忠が、文明12年(1480)に亡くなった伯母の菩提のために臨済宗弘徳院として創建したと伝えられています。高輪泉岳寺初世の門奄宗関(もんなんそうかん)が曹洞宗に改め、天正12年(1584)中興開山(ちゅうこうかいさん)しました。寛永10年(1633)頃、世田谷が井伊家所領となったのを機に、領内の弘徳院が普提寺に取り立てられました。直孝の没後には、その法号『久昌院殿豪徳天英大居士』にちなみ豪徳寺と寺号を改めました。

招き猫の豪徳寺

豪徳寺が『招き猫発祥の地』と言われているかというと、江戸時代前期のころ、近江彦根藩第二代藩主井伊直孝が鷹狩りの帰りに豪徳寺の前を通ると、なんとお寺の白猫『たま』が手招きをしていました。面白く思った井伊直孝が『たま』に招かれるまま豪徳寺で住職とお茶をしていると、突然天気が悪くなりあたりは雷雨になってしまったそうです。
ネコのおかげで濡れずに済んだ、これは縁起の良いことだ』と井伊直孝は喜び、そこから豪徳寺は井伊家の菩提寺となりました。このきっかけとなった『たま』が亡くなったあとに住職がお墓を作り、豪徳寺では『招福猫児(まねぎねこ)』が作られ、『招き猫の発祥の地』と言われるようになった伝えられています。

今では、井伊家の墓所、豪徳寺より招き猫の豪徳寺が、若い方の間では認知されているようです。


DSC08879.JPG

おびただしい数の、ネコさんです。願いのかなった方々の思いを感じます。



DSC08881.JPG






DSC08172.JPG



DSC08183.JPG

三重塔にも小さなネコさんが



DSC08170.JPG

旧本堂として使われていた仏殿



DSC08168.JPG



DSC08871.JPG



DSC08873.JPG



DSC08894.JPG




*12月3日に伺いましたが、紅葉の残りはわずか、今頃来ても遅い、とカメラを抱えたおじさん

 に言われました。なお、解説文はpc記事よりお借りした部分があります。



◎写真仲間で楽しんでいる写真blogも  第91回月写真展を開催中です。http://jbpc.blog.so-net.ne.jp 毎回、皆様 にご意見をいただくことを励みに活動しております。よろしくお願いいたし ます。


nice!(70)  コメント(9) 

歳末・・吉祥寺 [街あるき]

rokkor28mm アトムレンズf2.5


手に入れたうれしさを抑えきれず、賑わう吉祥寺を歩いてみた。

ハーモニカ横丁から入り、ブラブラと、久々のマニュアルにピント合わせが間に合わない

老体には無理か?


P1000858.JPG

二人ずれに聞きました、何かお待ちですか?


P1000864.JPG

ここの団子は天下一品、食べてみなさいよ


P1000847.JPG

真剣に物色 これも吉祥寺の懐の深さ



P1000853.JPG

パパは物選び、子供は手持無沙汰




P1000877.JPG

コロッケに夢中なお嬢さん


P1000885.JPG

トンカツ、コロッケ待ちの行列


P1000899.JPG

寒い日も、アイス食べる人もいます


α6500 / rokkor28mm


◎写真仲間で楽しんでいる写真blogも  第91回月写真展を開催中です。http://jbpc.blog.so-net.ne.jp 毎回、皆様 にご意見をいただくことを励みに活動しております。よろしくお願いいたし ます。
nice!(63)  コメント(5)